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2010年10月29日 1:39 AM

「梵語 般若心経」尺八レコーディング私記Ⅲ 文章:大尾圭司

 日本人が唱えている般若心経といえば、「西遊記」で知られている唐の玄奘(げんじょう)三蔵が、インドの古代語“サンスクリット語”などの経典を往復10数年の歳月を掛けインドから持ち帰り、一説によると、その内の大般若経(6百巻)のエッセンスを270前後の文字に音訳したものらしい。
梵字といえば墓石などに刻まれ身近に目にするが、サンスクリット言語となると、われわれと無縁のような気がする。ところが、仏教者でなくても一度は口にしている「南無」といえば、帰依する意味の“ナモー”であり、“旦那”がダーナ(お布施)といった程度の事は知っている。また、小説西遊記の中では、玄奘三蔵法師がしばしば苦難に遭遇する場面があるが、その都度、般若心経を唱え悪鬼を退散させる話もある。身近には、胃腸漢方薬で知られている “陀羅尼”助もマントラ(真言)と同意。
般若心経は信仰心が薄いといわれる日本人の間でさえ、写経をはじめ、仏前結婚式(最近では市川海老蔵夫妻)、巡礼で唱えられるなど最も人気のある経典である。 

さて、尺八は西洋音楽のレファソラドの5孔・5音階しか無い不自由な作りとはいえ、基本的にはどんな曲でも吹ける自由さはある。
 ところが、日本人が耳にする漢語般若心経の唱えは、単調な棒読みであるためか、テンポ良く心地よい一方、流れが単調で尺八音楽にはなりにくい。 
では、今回収録の梵語般若心経ではどうかというと、その波動には音楽に欠かせない抑揚とか高らかに詠う旋律がある。言語学専門家によると、現代インド人でサンスクリット語の心経を唱える仏教者はいるが、母国語のヒンドゥ-訛りが強く、純粋なサンスクリット原語とは程遠いと聞く(今回の梵語心経は、同語の師である長谷川澄夫氏から僧が長期に亘り特訓を受けたもの)。

楽譜は、今回のプロデユーサーの1人であり、ピアノ専門家で絶対音感を備えた矢島匡子氏の手助けを得て、先ず五線譜にしていただき、これを江戸時代に使用し始めた尺八譜(ロツレチリ)に転譜して自分用に仕上げたものを使用した。
 同時に、初めて聴くサンスリット語の般若心経を目と耳からうろ覚え、これを古典本曲らしい流れと音色に乗せていく練習を試みた。
音の方は尺八(一尺八寸管)では経典の持つ深遠な雰囲気が出ないことが分かり、長管2尺4寸管で吹くことにした。
 因みに、般若心経276文字の構成は、①経題 ②序 ③般若(智恵)の内容、そして最後に最も大切な④明呪(マントラ)の提示(佐保田鶴冶博士説)で終えている。
 しかし、吹奏してみて、③の「空」を中心に智恵を説いた本分は長く、何よりも、メロディーが単調で退屈なため、CD音楽には不向きと判断し割愛することにした。もっとも、マントラのトーンをモチーフにしたのは言うまでもない。
 悶々として迎えたレコーディング当日の朝、“本文はカットしてその代わり、尺八最古の曲の1つである古典本曲「虚空」を、独立したヴァージョンとして吹いて欲しい”との注文が入った。ところが、心の準備が整っていないうえ、予習して間に合わせる時間もない。
 「本曲の本とは、本人の曲の本であり、本音の本でもある(尺八界の巨匠・故横山勝也師)」の言葉、そして私に書き残してくれた「法韻を求めて‥」の一筆も思い起こし、こうなった以上、曲に対する自己解釈を押し通すほか無いと、収録室のあるドーンセンター(大阪)へ向かった。 続く・・・

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