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2010年11月9日 1:44 AM

「梵語 般若心経」尺八レコーディング私記Ⅳ 文章:大尾圭司

 そこでは、驚いたことに、予め音出しする楽屋がないどころか、リハーサルもしない。慣れない場に飛び込み、指示に従い序とマントラ(真言)の部分をイメージ通り吹いた。息を調える間も無く“虚空”のゴーサインが出るといった具合で進行した。日頃、尺八とは無縁であろう方々ばかりなので止むを得ないと思った。10分前後の“虚空”演奏ではあるが、曲の胸突き八丁を越えた頃、吹いている自分という存在が失せ、天空に消え入ったような境地にあった。
尺八というのは、その日の自分を恐ろしいほど素直に表す。うまく吹こうなどという邪心があると、忽ち無用な力が入り、息の乱れとなって演奏内容に正直に反映されるものである。 
嘗て、「虚空」を伝授してくれた横山勝也先生が天で聴いておられたら、お叱りの声が下ったのではないかと身のすくむ思いがする。
なぜなら、「虚空」は師が好んで吹いた曲であり、未だ自分とあまりにも遠い“虚空”にある境地の曲だから。

古典本曲「虚空」は、数百年前の古人が伝えた感覚の世界あって、空間の虚空を指すものではない。
“虚空”の曲意は「何事にもとらわれない無の境地を表現することにある」(有心無用、無心無用、無用無用)と解説書にある。
 難曲と言われる所以であろう。

 さて、最後に「日本語私訳 般若心経」、日本の出番である。これには男性声優が主役。尺八音はBGMとして、感じるままアドリブでという注文。勿論、これも事前の打ち合わせ、リハーサル一切無しの本番取り。緊張感を優先した意図が窺われた。
イヤホーンから男性声優のナレーションが流れ始め、しばらくは初めて聞く物語の展開と流暢な声に聴き入ってしまい、尺八の入るタイミンを見失う。ところが、語りの途中で《何か不思議なゴーサインを感じ》間を見つけることが出来た。そして、そのまま物語の流れと溶け合い、いつの間にか吹き終えていた。
 こうして、これまで経験したことの無いCDレコーディングという“非日常的な時間”を終えることが出来た。
今回の梵語般若心経CD作成に関わった人は10数人を数えるが、私にとっては、それぞれの出会いが不思議な縁として映る。僧の「これは宇宙の成せる仏縁だ」の一言に自分も納得。
今宵は般若湯(ハンニャトウ。仏教寺院でいうお酒)が似合うか。

ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボディスヴァハー 般若心経

(追記)
 発売記念パーティの席上、初めて出来上がりを手にしたが、事前宣伝どおり豪華ハードカバーブック仕様でずしりと重い。表紙に書かれた書道家近藤朱鳳先生の金文字が、すでに全体の出来映えを象徴している、というのが私の第一印象。

私が印象に残った般若心経に関する数冊
 「般若心経 金剛般若経」 中村 元・紀野一義
 「般若心経の真実」    佐保田鶴治
 「空海 般若心経の秘密を読み解く」 松永有慶
 「寂聴 般若心経」    瀬戸内寂聴
 「ダライ・ラマが語る 般若心経」角川書店     ~(DVD)
                                           平成22年10月記